Saturday, January 21, 2017

殺人など不幸を助長する仕事に手を染めて

加害者による内部告発(殺人)

2ちゃんねる掲示板に「自殺を促す仕事に関与した私の懺悔」という加害者と思われる書き込みがありました・・・

「情報収集の結果・・・・我々工作員はこの2つの情報から以下の工作を行うことにしました。・・・・ターゲットは、その後ビルの屋上から飛び降り自ら命を絶ったそうです。運悪く最後にターゲットに不幸を働きかけたのはこの私だったのです。この人を殺したという罪の意識にさいなまれここ(2ちゃねんる)へ書き込みました。多くの人達、特に若者達にこの事実を記憶の片隅にでも置いて頂いて、 殺人などの不幸を助長する仕事に手を染める悲劇を未然に防ぐ事だと 気付いたので生硬ではありますがこの文章を書きました。 この文章が官僚の目に留まり国に働きかけてこのような悲惨極まりない仕事を日本から追放してくれることを心から願っています。」

安倍幾多郎 『集団ストーカー認知・撲滅』

「あなたは人を殺したのですか」「はい」

 米海兵隊員としてベトナム戦争に従軍し、その体験を語り続けたアレン・ネルソンさんという方がいました。
・・ベトナムで大勢の人を殺したネルソンさんは除隊後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみました。悪夢にうなされ、一時はホームレスになったそうです。
 あるとき、同じ高校出身で小学校の教諭になった女性に出会い、戦場での体験を話してほしい、と頼まれました。ネルソンさんは小学校に出向き、自分の体験を語りました。
子供の一人がネルソンさんに、「ネルソンさん、あなたは人を殺したのですか」と聞きました。ネルソンさんは「はい」と答え、涙をこぼしました。子どもたちは「かわいそうなネルソンさん」と言い、ネルソンさんと一緒に、抱き合って涙を流したそうです。
・・このとき、子どもたちが一緒に涙を流しながら抱きしめてくれたことで、ネルソンさんの気持ちが救われたといいます。


中下大樹『悲しむ力』

Monday, January 16, 2017

苦悩に満ちた顔で亡くなる

40代Tさんという男性患者さんのことも、忘れらません。がんが全身に転移し、食事も自力では食べられなくなり、いよいよ最期のときが近づいていました。・・体調が急変し、ゆっくりと絞り出すような声で私にこう言ったのです。
「・・今まで好き勝手に生きてきたツケが回ってきたんだ。俺の人生はいったい何だったんだ?・・」・・Tさんが今までどんな人生を歩んできたのか詳しいことは知りませんが、なにかを悔いていることだけは伝わってきました。その日の深夜、Tさんは目をカッと見開いたまま亡くなりました。その顔は苦悩に満ちたTさんの生涯を物語るような険しいものでした。

中下大樹『悲しむ力』

Thursday, November 10, 2016

東日本の21世紀の玉都坊たちへ


若侍に化けた大蛇:見事な音色だ。 もうこの琵琶が聞けぬとは残念でならぬ。・・・人間大蛇だ。
盲目の僧・玉都(たまいち)坊:大蛇—!!
大蛇: なにせ身が大きくなり すぐこの沼ももう せまくなってしまった。 もはや大蛇からリュウに化身する。 わしら夫婦が住むために 明日から七日七晩大雨を降らしこの小高郷一帯を大沼にする。
玉都坊: 小高郷を沼に!?
大蛇: よいか人に言うではないぞ・・・人に言えば おまえの命はないぞ!!・・・そうだ・・・大沼になり 自分が住むようになったら お前の目を直し 小高郷の殿様にしてやろう。 さらばじゃ!!
玉都坊: がんをかけにきて 大蛇との出会いも 薬師様のご利益にちがいない。 ははははは
女人に権現した観音菩薩: これ お坊・・・私は今の若侍との話を一部始終聞かせてもらいました。 そなたは目が見えるようになれば確かにうれしゅうござろう、しかし小高郷に住む者たちはどうなろうか。もしあなたに人を思う気持ちがあるのなら、あの悪い大蛇を退治するのです
玉都坊:目が治り殿様になれる・・・しかし私は仏に仕える身だ!! よし、私がぎせいになり人々を助けよう。
観音菩薩:それでこそ立派なお坊じゃよ。
     ***
玉都坊:急いでお城の殿様に訴えなければ。・・・良かったこれで皆助かる。こんな気持ちの良いことをしたのは生まれて初めてだ。
大蛇:玉都 約束通り命をもらうぞ!!
堀内城の侍たち:お坊が橋にたたきつけられたぞ。もうだめだ!!
     ***
光胤:玉都というお坊のおかげで小高郷を守ることができた。
小高郷民:これもみんな玉都さんが命を捨てて秘密を教えてくれたからだ。
子供たち: 玉都さん、私たちの喜んでいる顔が見えますか? 玉都さんが命をかけて助けてくれた この美しい小高の里を 大切に大切に守っていきます。 ありがとう玉都さん。
日本三大石仏のひとつ 国指定史跡「小高の薬師堂石仏」picture borrowed from: www.minami-soma.com/kanko/modules/d3blog/details.php?bid=440


【大蛇物語のできた時代背景】

 建武年間、王朝方は、足利の拠点である相馬氏を滅ぼす手段として、[小高の]堀内城の水攻めを考えた。・・要塞堅固な城であったが、増水に弱い。この弱点を、旧城主玉都坊の献策によって知った王朝方は、[小高]郷民の難渋を考えたが、窮余の手段として涙を呑み、日時を定め、上流の総ての堤を一斉に決壊して洪水を起こし、堀内城を水浸しにして壊滅しようと謀議した。・・・そして相馬氏が滅亡した暁には、玉都坊が以前の如く領主に返り咲くことが約束されていた。
 だが主役の玉都坊は決行の日が近づくにつれ、悶々として心休まらない。・・・自分を旧領主として慕う多くの領民が、堀内城水没の犠牲となって溺死する。たとえ命は助かったとしても、住む家は流され、耕す田畑は泥土と化し、それに破られた堤には水がない。作付の出来ない百姓らはどうして暮らすのだろうかと思い悩むのだった。
 決行当夜大悲山薬師堂に参篭し、一心にお経を唱えると、いつか無我の境地に落ちて心の葛藤が静まり、人間として、自分の進むべき道を悟り、小高郷民のため身を捨てる覚悟をしたのだった。小高郷民を害から守ろうと決心した玉都坊は、堤襲撃隊士らの隙を見て薬師堂を脱出し、一目散に光胤公のいる堀内城へと走った。一方襲撃隊士らは・・密告を終え、堀内城から出てくる玉都坊を見つけ、これを待ち伏せ、橋の上で惨殺した。また玉都坊の注進によって一大事を知った光胤公は、急遽武装した兵士を招集し、自ら大将となって薬師堂を急襲した。

*福島県南相馬市小高区の地名の由来
琵琶橋:玉都坊の琵琶が落ちた橋
角部内(つのべうち):刀で切られ退治された大蛇の角が落ちた地
耳谷(みみがい):大蛇の耳が落ちた地
女場(おなば):大蛇の歯が落ちた地

 当時同地には王朝方で活躍する相馬胤平公が住したという説もあるので、勝利した光胤公は、続いて耳谷、女場、角部内館も攻略したことであろう。そう云えば、角部内の北に位置する村上城には、後で後村上天皇になられる義良親王が、一時玉坐を構えていたとの伝説もある。

小高町編纂『大悲山大蛇物語』

http://is2.sss.fukushima-u.ac.jp/fks-db//txt/10080.005/index.html


そして21世紀の東日本では・・・・

私は、前金融大臣、竹中平蔵と対談した際、「なぜ日本人は経済システムの管轄権を、アメリカ人の集団や欧州の独裁グループに手渡し、彼らにすっかり支配されてしまっているのか」と尋ねた。竹中は「地震兵器で脅されているからだ」と答えた。(ベンジャミン・フルフォード)


 Ex Japanese Finance Minister confirms USA have threatened with Earthquake weapon         

 なおフルフォード氏は、竹中が見返りに500億円の賄賂を受け取っていたことを明らかにした。そして東日本大震災発生の「直前」に、竹中の親族が土木建築関連企業の株を大量に購入していたことも公になっている。これらの株は、多くの家屋が破壊された震災後に急騰している。


Chinese Mafia destroy Illuminati Interview with D Rockefeller Benjamin Fulford  

 竹中へのインタビューのまさに翌日、フルフォード氏はある男からコンタクトを求められたという。会うと、その男はプロの暗殺者であると言い、フリーメイソンのバッジを手渡してフルフォード氏に告げた。「あなたはこのまま陰謀者の正体を暴露し続け46歳で死ぬか、それともフリーメイソンの仲間に入って日本の金融担当の要職に就くこともできる。」

Sunday, September 11, 2016

<森の集団ストーカーの死>


アジャンタ石窟壁画「水牛本生」

Picture borrowed from: 4travel.jp/travelogue/10054757

 1匹の猿が木からおりて、水牛の背中に乗った。そしてその上で大小便をしたり、角をつかんでぶらさがり、しっぽをつかんで動かしたりして遊んだりした。水牛は、忍耐の心と慈しみの心と憐みの心を具えていたので猿の狼藉を気にかけなかった。
 ・・・ある日、樹神が木の幹に立って、
「水牛王よ、あなたはどうしてこの悪い猿の侮辱をがまんするのですか・・・やめさせなさい。」
 これを聞いて水牛は、
「もしも私があの猿の罪過を耐え忍ばないとすれば、どうして私の願いが成就するでしょう。あの猿は他の水牛をも私と同じように考えて同じように狼藉をするでしょう。それから・・彼らは猿を殺すでしょう。それは他の水牛による猿の死です。そうなれば私にとっては猿から受ける苦しみもなくなるでしょうし、また殺生する必要もなくなるでしょう。」
 数日後に忍耐のある水牛は別の場所に行った。別の水牛が木の根元に立っていた。すると猿は同じ水牛だと考えて狼藉をした。その水牛は、猿を地面に落とし角で心臓をつきさして、足で踏み付けて粉々にしてしまった。
 忍耐、慈しみ、憐みの心を持っている水牛が前世の釈迦であった。(p.p.69-71)

田辺和子『仏教物語ジャータカを読む㊦』



アジャンタ石窟壁画「水牛本生」

Picture borrowed from:ignca.nic.in/jatak007.htm


 これはまさに<森の集団ストーカーの死>。遠い輪廻の記憶を辿ってみれば、この教訓に強いデジャヴュのような郷愁を感じる集団ストーカー犯罪者の諸君も多いのではないだろうか。なぜなら、どんなに立派な肩書や所有物で外見を取り繕っても、集団ストーカーをやる者は人間の祖先がまだ木の上で生活していた頃から、心の進歩が全くなく、何千萬年も時間が止まっているようなものなのだから。「意馬心猿(monkey mind)」とは実に的確に、その状態を表している。
 このお話を聞いて、その昔、しっぽがはえていた尾骶骨のあたりが、むずむずしてはいないか?

 あなた、集団ストーカーやめますか?
 それとも・・・人間やめますか?


Monday, September 5, 2016

『死ぬときに後悔すること25』

 カール・ベッカー氏は著書で、世界で一番死を恐れているのが現代日本人なのではないかと示唆している。無論、戦前はそのようなことはなかった、けれども今は一番恐れているというのである。そしてその理由として、来世に対する信仰が薄くなったことと不可分ではないだろうと指摘している。

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 余談だが、面白いことに死期が迫って宗教に帰依しようとする人々の中に、医者が少なくないのである。医者は(もちろん個人差はあるが)、なかなかに業が深い仕事である。どの世界でもそうだが、偉くなるような人々は、ぱっと見「政治家」のような清濁併せ飲むというか、むしろ濁流のただ中に泳ぎ続けているような雰囲気の人も少なくない。偉いお医者さんも、極めて人間くさく、人間の持つ様々な業を体にまとっている雰囲気がある。そして一見、宗教心からほど遠いような印象がある。
そのような生臭い(失礼!)方たちが、キリスト教などの洗礼を受けることがよくある。地位がある人や、逆に犯罪を犯した人も、洗礼率が高いようだ。きっと彼らにとっては切実なのだろう。

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 正直、死を前にすれば貴賤や地位の高低等全く関係ない。それまで社会的に大成功をおさめていた立派な社長が泣き叫んだりする。逆に、普通人極まりない(ように見える)人がまったく死に臨んで動じなかったりする。

 案外、得るものが多かった人間は、失うものも多く、だから最期に何かにすがりたくなるのかもしれない。

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 とはいえ、終末期になって焦って宗教を求めても、天国や来世を得ることはできても、心の修業は成るかというと微妙かもしれない。やはり健康なうちから、もっと死生観のみならず宗教についても知り、学び、考えておくのが望ましいのではないか。


大津秀一(医師)『死ぬときに後悔すること25』
(p.p.198 - 204)

Saturday, July 9, 2016

真の自覚から生まれた死でなければ意味がない

「日本は勝てない。いや、負けたほうがいいんだ」
これは、いままでの私が受けた教育を、すべて否定するものである。いまの私という存在をすら、否定することばである。こんなことばに、はじめて私は出会ったのだ。
 うろたえて、あるいは強い反発を感じて、私は彼の顔をまざまざと見直した。
 が、そういってから、ニコニコして私を見つめている彼は、いつものとおりの温和なM少尉にもどっている。
「不満そうだが、それじゃ君は、勝てるとでも思っているのかい」
 いわれて私は返答に困ってしまった・・・。
「勝てるとは思えないとしても、負けたほうがいいとは、いったいどういうことなんですか」
下手なことをいったら、たとえ上官でも許さんぞという気持ちが強く胸にあふれていた・・・。
「死というものに、自分なりに意義を見出さなければ納得できないんだ。魚雷に乗って、“天皇陛下万歳”と叫んで単純に突っ込めば、特攻隊としての任務は果たされる。もちろんそれでもいい。しかし、俺はね、それだけじゃいやなんだよ。それだけで満足できるかい?」
「できます。よしんばできなくたって、ほかにしかたがないではないですか」
「そこだよ、俺のいいたいのは。・・・君が小さいときから受けてきた教育というものが、いかにでたらめだったか、考えたこともないだろう。だが、事実なんだよ。君が誇りをもって死ねるということは、君が他のことを考えないように教育されてきたからだ」
「・・・・」
「国を憂えるのはよい。しかし、真の自覚から生まれた果敢な突撃でなければ、意味がないじゃあないか。外部からウソをたたき込まれ、考えもなくそれに共鳴して、ひとつしかない大事な命を捨てるなんて、愚の骨頂だよ」
「それじゃあ、M少尉はどんな信念をお持ちなんですか」
「・・・いちばん考えたのは、自分が死ぬということだよ。・・・俺はな、こう考えたんだ。つまり、俺は天皇のために死ぬんじゃない。俺だけは違う。俺は新生日本の礎石となる。そのさきがけになるために死ぬんだ、とな。そう考えて、やっと俺は悩みを解決したんだ・・・。」私はそのときのM少尉の目の輝きを忘れることができない。出撃を前にして、あの時代にこれだけのことを考えた男が、果たして何人いただろうか。


横田寛『あゝ回天特攻隊』